夏へのトンネル、さよならの出口の感想

作品の媒体

原作は、八目 迷(はちもく めい)の小学館ガガガ文庫発行のライトノベルで、タイトルは「夏へのトンネル、さよならの出口

作風は、ボーイ・ミーツ・ガールにSF要素を加えたものになる。

メディアミックスし、漫画は同じく小学館サンデーGXコミックスで発表。同タイトルにて全4巻にて完結。

映画は2022年に封切り。配給はポニーキャニオンで制作はCLAP。上映時間は83分。
登場人物などについては、公式HPを参照されたい。

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作品の概要

主人公の男子高校生「塔野カオル(とうの かおる)」は、雨の降る駅のホームで見知らない一人の女子高校生「花城あんず(はなしろ あんず)」と出会う。

「私には親なんていない」という花城の言葉に、「それはいいね」と返す塔野。

なんでも願いが叶うという「ウラシマトンネル」を偶然見つけてしまう塔野。

塔野は失ってしまったものを。花城は特別になるためのものを手に入れるため、共同戦線で「ウラシマトンネル」の攻略をはじめる。

しかし。とある事情で8月2日の決行日前日、花城の話しを聞いた塔野は延期を持ちかけるが、一人で「ウラシマトンネル」へ向かってしまう。

そして…

物語の感想

原作は未読であるため、映画「夏へのトンネル、さよならの出口」についてのみ感想を述べていく。

まず、主人公である塔野カオル(とうの かおる)、花城あんず(はなしろ あんず)はそれぞれ家の事情で心に傷を負わせられている。
それは二人の出会いのシーンで、やれやれ系のダウナーではなく「これ以上傷つきたくない少年と少女」であることが表現された。

塔野の家庭環境

塔野の父親が「これぞ毒親だ」とわかりやすく非常に不快に描かれている。
酒に酔って、塔野を精神的に追い詰めてくシーン。
飛び出した塔野がウラシマトンネルから戻ってきて、「悪かった」と謝る姿はDVの典型例である。

塔野の父親の気持ちもわからなくはない。娘のカレンを亡くし、妻と離婚しているのだから彼自身の心を癒してくれる伴侶が現れてもいいだろう。
元から中の良かった妹カレンが、ケンカの仲直りの為にカブトムシを捕まえようとして死んでいることに加え、父親からは「カレンを殺したのはお前だ」と言われ続けたことで、塔野は父親のように忘れることができず、潔癖な部分と父親への嫌悪感から嘔吐してしまう。
父親であれば、嘔吐する子供を心配するだろうが、塔野の父親は塔野に暴力を振るった。

花城の「私に親なんていない」への答えが「それはいいね」と答えられる背景が「これか」と理解できる。

妹カレンへの想い

誰だって些細なことでケンカだってするだろう。些細なことですれ違うこともある。ただそんなときは面と向かって謝ってしまえば、また一緒に笑うことができる。

しかし、それは相手が生きていれば。という前提条件が必要になる。

塔野の場合は、それが永遠に失われてしまったのだ。

ウラシマトンネルの奥で再開できた妹は、木から落ちずに塔野に捕まえた「カブトムシ」を見せてくれた。
塔野自身も当時の姿に戻っており、不思議なパラレルな状況で幸せな時間が続くかと思われたが、ふと目に入った姿見には、高校生の塔野の姿が写っており、次の瞬間、子供の姿から現代の姿に戻る。

次の瞬間、塔野のケータイ(スマホではなく、二つ折りケータイだ)が着信を通知し、花城のメールが次々と届く。

「お兄ちゃんが私のこと好きなのは知ってるよ」

「でも、お兄ちゃんには他の人も好きなってほしいな」

「お兄ちゃんが好きなった人が、お兄ちゃんのこと好きだったら3人で一緒に笑えるもんね」


それを聞いて塔野は
「僕はカレンの側にいたい。でも、会いたい人がいるんだ」
とカレンに伝えつつも、自分の気持ちに気が付くことができた。
対するカレンは「知ってる!」と笑顔で答える。

塔野は、その言葉を背に、花城の元へ戻ろうとする。
塔野とカレンは、カレンが亡くなった日と同じく、しかし当日と違って気持ちで塔野を見送る。

「お兄ちゃん、大好き。いってらっしゃい!」

「行ってきます!」

ここのシーンは、ボロボロと涙が溢れた。

花城を選んで、妹のカレンと塔野の二人の空間、おそらく永遠に流れるであろうその場所から出ていくことを決めた塔野は前を見て、カレンは切なそうに視線が下がる。それ以降は声しか表現されない。
それでも、明るく見送れるカレン。
塔野自身の気持ちも大切にして欲しいというカレンの思いやり。
だからこそ、塔野は前をみることができたのだと思う。

花城との再会

花城には祖父と同じ漫画の道を歩くことと、何もかも捨てて塔野を追いかけていくこと。
2つの選択があった。
だから塔野に送ったメールに、「裏切りもの」とあった。

人は弱い。だからこそ選択しなければならないとき、誰かに選択を委ねたくなる。
だけど、花城は自分で選択し、漫画を描く道を選んだ。
精神的にタフなのかもしれないが、突然いなくなり、二度と会えるかどうかわからない思い人を待つのはキツイだろう。

だから、二人が出会えた瞬間、ハッピーエンドが約束されるのだ。

物語全体として

初めて村上春樹著「ノルウェイの森」を読み始めたときと同じく「音がない」感じで、この物語は始まる。

文字に「音がない」とはどういうことか。
小説を読み始めると、物語の言葉でBGMを感じることができる。
「ノルウェイの森」は主人公が飛行機の中から物語が転がりはじめる。

実際の飛行機の搭乗時は騒がしいが、閑散とした駅のホームでチャイムが鳴っている中でまどろんでいるような、「ノルウェイの森」には静けさから始まった。

「夏へのトンネル、さよならの出口」も同じく、静かに物語が転がり始める。
冒頭、主人公塔野のクラスメイトの女子生徒の声で始まり「ウラシマトンネル」のセリフの次に、塔野の目が覚める。
教室は騒がしいのに、音がない。

挿入歌やBGMといった話しではない。

夏の暑い海や秋の色とりどりの木々も、静かに、そこにある。
このまま音のない感じかと思いきや、塔野と花城が再開し、塔野が貸した傘を広げたときに、静かに音が流れる。

そして、タイトルロール。

よい物語だったと、じんと胸に熱いものが残った。

作品としての感想

「傘、使う?」の一言を聞いた瞬間、PS2「ドラッグオンドラグーン2 封印の紅、背徳の黒」を思い出した。

声優よりも俳優や女優が多く配役されている中で、妹の塔野カレンのCVを務めた小林星蘭という方は非常に馴染んでいたと思う。

ただ、この朴訥とした声が合う作風であり、成功したものだと私は思う。

「ウラシマトンネル」から戻ってきてからが、塔野と花城の人生が始まるので、エンディング近くまではうるさい挿入歌はほとんどなくても問題なく感じた。

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